フィリピンの美容室

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こんにちは!スタッフのKyokoです。
「単語や文法は勉強してきたのに、とっさに言いたいことが出てこない」
「相手の英語はなんとなく分かるのに、自分の番になると止まってしまう」
「試験では点が取れても、“話せる”とは言い切れない」
そんなもどかしさを感じたことがある方は、少なくないのではないでしょうか?
私自身、とっさに言いたいことが出てこず、もどかしさを感じることが何度もあります。それなりに勉強はしてきたし、TOEICでもある程度納得できる結果は出してきました。それでも「話せる?」と聞かれると、自信を持って頷けない自分がいました。
でも今は、それは英語力そのものが足りないというより、知識を「一瞬で使える形」にする練習が足りていなかったからかもしれない、と思い始めています。そしてこのつながりは、環境と経験を積んできたことで、少しずつ変わりつつあります。
今回は「話せない」の正体を「努力不足」ではなく、別の角度から整理してみたいと思います。読み終わる頃に、「自分に足りないのは何か」や「何を変えると前に進みやすいか」が、少しでも見えたら嬉しいです。
フィリピンで生活しているので、普段から「この文って英語でどう言うんだろう?」と考える場面はたくさんあります。そのとき頭ではぼんやりと文らしき形が浮かぶのですが、口からなかなか出てきません。
たとえば、カフェで「氷なしでお願いします」を言いたいだけなのに、口が止まってしまうこともありました。簡単なはずなのに、頭の中で文章が渋滞して、結局「No ice!」と言って終わり。このままでももちろん通じるのですが、「もっとちゃんと言えたのでは?」という感覚が残ります。そういう小さい場面が積み重なると、「話せない」という感覚はだんだん強くなっていきました。
そしてこういうとき、あとから一人反省会が始まって、「知っている単語」と「理解している文法」を組み合わせれば作れた文だったことに気付く、ということがよく起こります。そのたびに「え、なんで?」と自分にツッコミを入れたくなります。
勉強してきたはずなのに、いざという場面で出てこない。そんなときは「今までやってきたのは何だったんだろう」と落ち込むことも多々ありました。
もしあなたが私と同じように「あとからなら言えたのに…」が多い方なら、それは知識不足というより「取り出し方」の問題かもしれません。そしてこれは語学学習のセンスでもなく、経験の量と質で変わる部分だと思います。
最近読んだ本の中で、英語学習にも通じそうな考え方を見つけました。人が何かを身につける過程には、大きく分けて2つの段階があるそうです。
英語で言えば、「知っている」と「使える」の違いに近いのかもしれません。
学習の世界ではよく知られた考え方かもしれませんが、私はこれを知ったとき、自分の中で「話せない理由」がかなり整理された気がしました。
たとえば、自転車も似ていると思います。乗り方を頭で理解していても、実際に何度も乗ってみないと、バランスを取れるようにはなりません。この「分かる」と「できる」の間にある距離が、語学にもあるんだと思いました。
英語学習に当てはめて考えてみると、文法事項を理解していたり、単語の意味を知っていたりする状態は「宣言的知識」に近いのだと思います。そして、会話の中で相手の言葉に反応しながら、考え込まずに口から表現が出てくる状態は「手続き的知識」に近いはずです。
この2つの間に距離があるからこそ、「勉強しているのに話せない」のは、努力不足ではなく、知識がまだ使える形に移りきっていない状態なのだと思います。
この仕組みを知ったとき、「英語がスムーズに出てこないのは、ちゃんと理由があったのか」と思えて、正直納得し、少し安心してしまいました。「分かる」と「できる」の間には距離がある、と思えるだけで、自分を責めすぎずに済む方もいるのではないでしょうか?
もしみなさんにも以下のような感覚があるなら、それは手続き的知識がまだ十分に育っていないサインなだけなのかもしれませんよ。
本のおかげで、私の英語はきっとまだ「ある」だけで、ちゃんと「使える」状態じゃなかったんだろうなと思えました。
私の中では、この状態はKindleライブラリの積読本に少し似ています。ライブラリの中に本はたくさんあっても、まだ読んでいなければ、必要なときにその内容を思い出して使うことはできません。でも、一度読んだ本は、全部を覚えていなくても、必要なときに内容の一部を思い出せることがあります。
知識が「所有しているだけの状態」から、「必要なときに取り出せる状態」に変わる、という意味では、英語もそれに近いと思います。
単語帳や文法書で得た知識も、ただ頭の中に置いてあるだけでは、会話の瞬間には届かないことがあります。でも実際に使ってみることで、その知識は少しずつ、自分の中で取り出しやすい位置に移っていくのだと思います。
もし「勉強したのに出てこない」が続くなら、知識がないのではなく、ただ「つながっていないだけ」と捉えることもできるのかもしれません。
よく「話せるようになりたいなら、とにかく口に出すことが大事」と言われます。でも、実際にはそれを日常の中で続けるのは意外と簡単なことじゃないな、と日々実感しています。
たとえば、独り言や英語日記は、自分のペースでできる反面、「これで合っているのかな」という不安が生まれがちで、続けるモチベーションを持ち続けにくいことってないですか?
また、オンライン英会話は実践的ではありますが、予約が必要だったり、その日の生活リズムに左右されたりして、思った以上に習慣化の壁があります。
英会話スクールも、週に1回のレッスンだけでは、学んだことを「分かった」で終わらせず、「使える」に変えていくには少し足りないな、と感じることがありました。
私自身、日本で働いていた頃は、こうした壁にぶつかるたびに、結局また単語帳や文法の勉強に戻ってしまう、ということを繰り返していました。「出す練習が大事」だと分かっていても、それを続けられる環境をつくること自体が難しい。これは私だけではなく、多くの人がぶつかりやすい壁なのかもしれません。
そこで私は、日常の延長で少しずつ変えるよりも、英語を使わざるを得ない環境に一度飛び込んだほうが、自分には合っているかもしれないと考えるようになりました。また、もともと昔から留学への興味もあったので、2カ月のフィリピン留学に挑戦してみることにしました。
結局私の場合、必要だったのは、根性で乗り切ろうとすることよりも、続けられる形に環境を整えることでした。
そのときいろいろあった選択肢から、フィリピン留学を選んだ理由の1つはとてもシンプルで、マンツーマンの授業が中心だったからです。どうしても自分が話さないといけない場面を意図的に増やそう、と考えました。
実際留学してみると、最初は緊張もあったし、うまく言えなくて落ち込む日ももちろんありました。それでも、毎日英語を使う環境にいるうちに、変化を感じる場面が少しずつ増えていきました。特に大きかったのは、次の3つです。
留学中のこういう経験は、英語との距離を縮めてくれた気がします。実際、英語を英語のまま聞く・話す感覚が少しずつ掴めるようになっていきました。
卒業後、スタッフとして英語を使う場面が増えて、以前は言う前に一度頭の中で並べ替えていた言葉が、最近はときどきそのまま出てくることも多くなりました。まだ完璧ではないですが、「あ、今考えずに言えたな」と気付く瞬間もあります。
英語を長く勉強してきても話せないと、「努力が足りないのかな」と思ってしまいます。でも、私はフィリピン留学のおかげで、ようやく知識と口がつながる感覚を掴めるようになりました。
また「話す練習」で大切だったのは、新しいものを足すというより、すでに持っていたものを引っ張り出す練習だったんだな、と思います。
私もまだまだ試行錯誤中で、もちろん、今でもいつもスムーズに話せるわけではありません。今朝も「今日は夜ご飯いらないらしいよ」と言いたかったのに、英語がすぐに出てきませんでした。それでも「前よりも考え込まずに言える」と感じる瞬間は、少しずつ増えてきています。私にとっては、その小さな変化が大きな前進です。
「勉強しているのに話せない」と感じるときは、努力が足りないのではなく、知識を外に出す機会や環境がまだ合っていないだけかもしれません。学び方や練習の場のつくり方は、人によって合う形が違います。自分に合う方法が見つかると、英語との距離は少しずつ変わっていくはずです。
もし、自分に合う環境づくりを一緒に整理してみたい方がいれば、ぜひ こちら からお気軽にAIAPにご相談ください。